新国立競技場は神殿的なデザインにすべき

 2020年東京五輪・パラリンピックのメーン会場となる新国立競技場のデザインが公表された。
一見したところ、どちらも造形的な大きな特徴が無い。どこの国の地方にもある、ありふれた競技場に見える。日本の工業製品のように、性能は良いが、芸術性や、ダイナミックな造形、とがった個性が無い。A案は、自然を取り入れたショッピングモールや道の駅のようで、媚びた感じで、学生でもできるデザイン・レベルでないか。
建築物として美しいかという点で見ても、海外の競技場や建築物と比べて、どちらもそう感じない。美しさも持っていない建築デザインと言える。コスト削減という性能だけしか評価できない点で、いかにも日本の今の建築デザインと言える。どこかのコピーしたようなドコモ本社ビルや、林立する高層ビルと同じ美的レベルに見える。日本の建築デザインには常にがっかりさせられる。
国に何十年も残るシンボル的建築物であり、クライアントが一私企業でなく国民全員なのだから、自分のデザインより、最初のコンペのデザイナーの方が優れている、美しいと思ったらそのデザイナーに譲る公共心を持つべきだ。デザイナーと建築士は両立しない。公共事業であり、税金で名を上げるのは基本的におかしい。私企業同士とは違い、クライアントの声に従わなければならない。国民は五輪エンブレムの時のように、公共事業に私物化疑惑があれば、一斉にバッシングする。だから、どちらかの案に決まっても、お互いのいいとこ取りをすべきだ。最初のコンペからもアイデアをもらい、自分の報酬を分け与え、叡智の上澄みによる人類最高の競技場を世に残すよう努めるべきだ。
ローマのコロッセオは商業的な競技場だが、スポーツの祭典はもっと神聖な場所であり、コロッセオとは違う。アンコールワットやマヤの神殿のように、神聖な祭場として捉えるべきだろう。戦争や王朝が無くなる今後の人類の最大の祭典は、スポーツだと言えるからだ。ハレとケを区別するように、特別な場所に仕立てるべきだ。したがって、神殿的な要素、シンボル的な要素、神秘的な要素、ちょっと変な異質な外観のあるデザインが良い。
候補案ではB案がそれに近い。
B案は、外側の壁が斜めの直線になっているが、もっとお椀のように丸くするべき。近づいて見上げて、巨大な建物に直線が多いと、塀で囲まれた刑務所のような圧迫感を感じるからだ。いま一つ美しさが足りず、ザハ案ほどのコストでないので、壁にお椀の放物線のような曲線の美しさを取り入れてほしい。水平の木の積層によって曲線を作るのが良い。漆器(japan)の国、お椀の日本らしさが入れられる。シンプルさに悪影響は出ない。

(文責:相澤洋次郎)

外部関連サイト

http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1450073830/
427 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2015/12/14(月) 16:03:47.04 ID:AokEU9FG0
1964大会じゃ代々木体育館と武道館という傑作建築が生まれたけど
2020大会ではそういう楽しみは無さそうだな…
自然な垂れ下がりに逆らわずにそのまま利用した代々木
古代建築をモチーフに巨大化した武道館
どっちも日本文化の流れに沿ったすばらしい文化財だと思うよ

新国立競技場の新デザイン案、日本らしくて良い? 海外紙はハディド案とどちらを評価したか
2015年12月20日 NewSphere

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