視覚障害者のホーム転落事故

 2016年8月15日、東京、銀座線の青山一丁目駅のホームで、盲導犬を連れた視覚障害のある男性が線路に転落し、電車にはねられて死亡した。日本盲人会連合のアンケートでは、驚くべきことに、回答した252人の37%(92人)がホームから「転落したことがある」と答えた。「ホームドアのない駅は、欄干のない橋と同じだ」と恐怖を語っている。
 この事故をきっかけに国交省と鉄道各社は、平成32年度、すなわち令和2年度(今年の3月)までに、利用客が1日10万人以上の駅にホームドアを設置する目標を立てた。視覚障害者の転落や接触事故のおよそ3分の1が、利用客10万人以上の駅を占めるため、そうした駅に限定している。

(出典:東京新聞

高額なホームドア設置費用

 ホームドアの設置には、装置の重みに耐えるよう駅全体の地盤から補強工事が必要で、1駅当たり数億~十数億円と莫大なコストがかかっている。
 ホームドアを設置するにしても、車両によってドアの位置がバラバラで、対応できない問題がある。例えば、東武伊勢崎線の春日部駅は、1ドア(特急)、2ドア(6050系)、3ドア(日比谷線直通)、4ドア(大多数の通勤車)、5ドア(20050系、メトロ03系)、6ドア(東急5000系)が一つのホームから発着する。ドアの位置が6種類もある。車両を変えるにも、1両あたり1億数千万円にも達するため、車両の置き換えには数十億から数百億円が必要になる。
 ホームドアの設置は、通勤ラッシュの激しい東京沿線や中心部の駅でさえ、ある程度以上は進まないのではないかと懸念されている。そこへ新型コロナウィルスの蔓延で、JR・私鉄各社は軒並み赤字に転落し、今後はテレワーク普及で乗降客数の減少も予想されている。これでは数十万人規模の地方都市や、ましてや無人駅が多数ある地方路線のホームでは、とてもホームドアを設置することなど不可能である。暗い見通しであり、今後も毎年一定数の転落死が起き続けることが、もはや「確定」されている。

死亡事故を無くす、安くて実効的な対策

 特急など車両によって乗車位置が違うが、多くの場合は2,3箇所に決まっており、ペンキで並ぶ線が書いている。この乗り場以外の場所にポールを立てるのである。
 視覚障害者の方が駅のホームを歩くときに、ホームの端にポールが立っていれば、点字ブロックより頼りになるのではないか。
 ポールであれば、従来の課題であった莫大なコストがかからず、実効性の高い安全策を、すぐにでも実現できる。
 時には何らかの障害で、停車位置に止められない事態が起きるだろうが、ポールであれば、たとえ開いたドアの真ん中にポールが立っていても、人はよけて通れる。車椅子や乳母車は、ドアの真ん中にポールが来れば、通れない場合があるが、人命が優先なので、そんな事態は乗客の理解があれば対応が可能である。そもそもホームドア設置駅では、停車位置がずれたら乗り降りできない。しかしポールならそんな非常時でもできる。
 車両によってドアの位置が合わなくても対応可能な新型のホームドア開発が進められている。それでも関西で多い、私鉄同士が相互乗り入れしてドアの位置が異なるホームでは、対応できないらしい。そうしたホームでも、ポールを立てる方策ならすぐにでも設置でき、死者を激減できる。

従 来

ポールを立てるアイデア

■ 車椅子の利用者
 駅のホームは、太い柱がある箇所や、階段の横部分はとても狭く、人が二人並ぶ幅しかないこともある。そこへホームドアを設置すると、人がすれ違うことさえ困難になり、ホームによってはホームドアを設置するのが物理的に困難な場合もある。太い柱がある箇所や、階段の横部分は、もともと車椅子利用者は通りにい。
 今回のポールを立てる方策なら、ホームドアのような大きな設置面積が取られることがなく、柱や階段の狭い箇所は、従来と幅がほとんど変わらない。ポールがある方が、太い柱が迫る狭い箇所でも、心理的にも安心してホームの端っこを車椅子が通れる。

■ 健常者にも有効
 ホームドア設置のニュースに対する投稿者の書き込みには、「押されて転落とかが怖かったんだ」、「東京メトロって駅狭すぎて混雑時怖い」といった書き込みがあった。
 健常者も転落する事故が多く、平均すると毎日10人がホームから転落している。酒酔い、気分の悪化、歩きスマホなどが原因となっている。酒に酔った人がベンチから立ち上がって、まっすぐホームに落ちてしまうため、ベンチの向きを線路向きから90度変えた工夫もある。
 ポールを立てることは、健常者の転落防止にも効果がある。画像のように、ポールがあるとないとでは、見た目の心理が変わるだろう。線路そばから見ると、ポールが何十本も立って、柵として認知する(アフォーダンス理論?)。酔った人でもポールで危険との境界線に気付き、安全な距離に誘導される。

ホームドア設置が不可能な駅の妥協点

 ホームドアを一日でも早く設置すれば、死亡数はその日にち分減る。ホームドア設置を予定している駅でも、それが1年先ならその間に確実に死者が出る。
 2016年の転落死をきっかけに、利用客が1日10万人以上の駅にホームドアの設置を推進してきた。しかし残りの3分の2は、予算制約もあり、対応が難しい。本来なら、今すぐ乗降数の少ない駅でも全駅に設置したい。
 ホームドアの設置により、山手線の人身事故が99%以上減少したという。ある駅でポールを立てる実験をしてみて、数十%でも事故が減ることがわかれば、ポールを立ててみるべきでないか。実際は、50%以上は減少するのではないだろうか。ホームドアを設置できない駅では、安い費用で効果は絶大となる。
 電動の理想的なホームドアを設置するまでのつなぎとしても、撤去も位置調整も容易で極めて安価なポールを設置するのが妥協点ではないか。おそらく一晩で設置ができるだろう。田舎の無人駅でさえ設置可能である。
 ポールは高さや色、サッカーのコーナーにあるすぐ倒れるタイプか、それとも手すり代わりにもなるよう動かないようにするか、倒れる方向がホーム側だけに決まっているなど、いろいろと考えられる。
 秒単位のダイヤの正確さができたら、次は、来日外国人がかっこ悪いと言うかもしれないが、見た目がかっこ悪くても人命を1人でも救う工夫をする姿勢こそ、日本の鉄道は世界一と言われるのでないか。